2018年07月23日

勝てなくてもカエルになっても

porogo.jpg
 ポロッゴに魅了されながら考えたこと。

 FF11に限りませんが、ゲームをやっていると楽しいことがいっぱいありますが、割としんどい部分も結構あるものです。
 その「しんどい部分」のひとつは、「自分は並より下かもしれんな」と実感する瞬間だったりします。

 人間は、なんだかんだと言っても、「自分は平均以上のヤツだ」という感覚を自然と持っているもので、社会心理学ではこれにレイク・ウォビゴン効果なんて名前までつけてますが、この感覚自体は持っていて当然の、ある種微笑ましいものです。それを物差しに他人を見下したりしない限りはね。
 私とて、「白魔道士をプレイしてる限りでは、まあまあ平均ヴァナ民よりちょい上の立ち回りくらいはできるんではないか」という思い込みがあります。完全に思い込みで、普段はフレンドさんたちのスーパープレイに持ち上げてもらってるだけなんですが、頭ではわかっていても腹の中ではそれをわかっていないものです。
 そんな中で、野良パーティに参加して、穴があったら入りたくなるような大失敗をして平謝りをしたりすると、己の実力を思い知ります。

 長くやっている分のゲタがあるだけで、実際には私のプレイヤースキルは平均よりちょっと下だと思います。「ちょっと」下、というあたりにプライドが見え隠れします。本当は「かなり下」のはずなんだけど(笑)。

 自分が「そんなに強くない」と実感させられるのは、つらいものです。
 コンテンツでド派手なミスをして針のむしろの自分。
 ベガリーの主催をできない自分。
 ダイバージェンスの固定に入ってない自分。
 持ちジョブが1つしかない自分。
 エスカッションが1年経っても完成しない自分。
 そういう自分を思い知らされた時には、「悪いのは難易度が高すぎるゲーム設計であって、"普通"の私がハイエンドコンテンツをクリアできるようにしてよ!ヽ(`Д´)ノ」とキレそうになります。特別な人だけが強いゲームなんて酷い!
 でも、普通の人が「勝てる」ゲームって、たぶんゲームじゃない。
 本当に「普通」なら、本当にその集団の中で平均の能力しか持っていないのなら、他を抜きんでていないのだから、勝てるはずはない。
 私が誰もが認める素晴らしい能力を身に付けたのなら当然勝ってしかるべきだけど、そうではないとしたら、それで「勝てる」のだとしたら、本当は勝利ではない何かに勝利というラベルを貼っているのだ、きっと。

 それでも私がFF11を毎日遊んでいて、やる気が枯渇する気配がなくて、遊びたいものが全然なくならないのは、「勝つ」ことと「楽しむ」ことが、別々のところに存在しているからなのでしょう。
 私はFF11において、他を圧倒して「勝った」ことなんてほとんどないけれど、強いプレイヤーであったことは一度もないし、これからもないだろうけれど、何だか毎日楽しいのです。

 ただ、この「楽しさ」というのはなかなか伝えにくくて、本当はみんなヴァナにいる冒険者全員が持っているものなのだけれど、何となく「これはオレだけが感じているものであって、他のみんなはもっと実利的な勝利を求めているはずだ」と思っている節があります。
 主催にへんなプレッシャーや責任がかかってくる風潮とかは、そういうところにも関係があるのかも知れません。

 私が、小鳥さんという新キャラを作ってソロでぽちぽち遊び始めたのは、さとみんで得ているフレンドや過去の蓄積のブーストを取っ払った状態で、さてはてどれだけFF11を楽しめるのだろうということを知りたかった側面もあります。
 さとみんでは苦もなくできたことが、小鳥さんではできないことも多くて、色々苦痛なはずだと思ったのですけど、やってみると想像していたよりもはるかに楽しくて、ソロでやっていくアンバス2章なんかは全然違う楽しみを味わえています。
 だから、今のFF11は、そんなに「強くなること」「勝つこと」を前提にしなくても、楽しいはずです。
 そんな風には思えない人がたくさんいることもわかるし、そういう人には私の言葉など世迷い言にしか聞こえない気もするけれど。
posted by さとみん at 14:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感
この記事へのコメント
こんちには。私もおっしゃっていることが分かる気がします。楽しいと、勝てるし強いというのは、別種のものだという思いがあります。ただ心配性なので、そういったスタイルは野良では迷惑かしらと考えてしまって、なんとなく自分にプレッシャーを与えています。

自分が弱いと分かると(装備やジョブポや立ち回りなども含めて)、私自身余裕がないゲームプレイになってしまって、必死になって強くなろうと頑張ってしまうのですが、後から考えると色々な楽しみを飛び越して来てしまったのではないだろうかと考えてしまいます。

強い自分でいることも面白いのでしょうが、私はそれよりも色々なゲーム内での面白い発見や、自分自身や仲間たちと目標を定めてチャレンジすること、の方がずっと面白いと思います。ああゲームしてるな! という感じで。
Posted by ふもー@ビス鯖 at 2018年07月24日 01:08
はじめましてm(_ _)m
私も最近似たような事を感じておりました。
私の場合はベクトルが真逆で、なんと二垢を導入しましたが(;^ω^)
でも、まったく新規でキャラを作ってってのも面白そうですね!
Posted by おでん民 at 2018年07月24日 14:28
>ふもー@ビス鯖さん
 楽しさを求めたいけど、他の人の迷惑になるんじゃないかと思って、強さを優先してしまう、というのは、結構今のヴァナでメジャーな悩みのような気がします。
 野良パーティというのは腕に覚えある傭兵集団、あるいはフリーランスが派遣される実力主義の会社みたいなものなので、そこで「楽しみ」を主張するのはなかなか簡単ではありませんから、やはり「仲間たち」とどう出会うかというのが一番の課題なのでしょうね。
Posted by さとみん at 2018年07月24日 19:02
>おでん民さん
2アカは2アカで面白いですよね(笑)。脳内でアヤしい会話が始まって、設定ができあがってしまったり。
2アカでなくても、最初はただの倉庫のつもりで作ったキャラも、長くいじってるうちに愛着が湧いて、いつのまにかずいぶん成長したりしてしまうのがあるあるです。
Posted by さとみん at 2018年07月24日 19:06
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