2018年07月31日

恋するヒロインアシェラ

furikaeru.jpg
 振り返るアシェラちゃん、可愛いですね。
 アドゥリンミッションの一応ネタバレ?なので折り畳んでおきます。




 小鳥さんのアドゥリンミッションもクリアということで、続けてあにさまフェイスのためにアドゥリンクエストを色々やるつもりでおります。
 しかしアシェラというヒロインは、本当に可愛いです。お洋服に凝っていたり、髪形を変えたり、脳が溶けそうな甘いものが好きだったり、心折れて号泣したり、こちらを真正面から見て花ほころぶような笑顔を見せてくれたり、「砂糖とスパイスと素敵な何かでできている」可愛さを詰め込んだ感があります。
 FF11のヒロインは、クリアトロフィーやリビドー対象ではなくて、ひとりの人間として、プレイヤーとともに世界と物語の屋台骨を支える「もうひとりの主人公」である訳ですが、そういう中でもアシェラは割と古典的な意味でのヒロインぽさが際立つタイプですね。

 加えて、アドゥリンミッションは、ヒロインがかなり明確にプレイヤーに恋愛感情を向けてくるし、意識的にそれを描写しているという意味でも独特と思います。だからこそ、「可愛い」が詰め込まれたキャラ造形がされているとも言えるかと。
atbed.jpg
 ベッドで約束された、とか言ってくるし。

 プレイヤー側の事情が色々なFF11において、こういうことをやるのはかなり挑戦的だと思うし、たとえば私はキャラクターレベルにおいてもアシェラを恋愛対象と感じていなかったので、プレイしてて割と困りました(笑)。困りましたが、このままならぬ感じもまた、プレイヤーレベルでは面白い(興味深いという意味ですよ草生えるwという意味じゃないです)体験です。
 ヒロインの恋愛的感情は、たとえばアトルガンミッションのアフマウでも描かれるのですが、あちらは恋愛対象が明確に違う相手で自分はそれを見守る腹心の友、というスタンスだから、はらはらしつつも「私はどうすればいいんだー」的葛藤とは無縁なので、アドゥリンミッションでのこの微妙な感覚とは違うんですよね。
 で、この感覚ってFF11でないと味わえないものだなーと感動しました。

 FF11でないと味わえない、というのは、意外とこの感じって他の立ち位置のゲームでは再現しにくいというか、奇跡的な危ういバランスの立ち位置でないと作れない気がするんですよね。
「何度も周回する前提の、恋愛がメイン要素であるゲーム(各種恋愛シムゲーム)」とか
「主人公が無色透明で全部プレイヤーの想像に任されてるゲーム(ドラクエ的RPG)」とか
「主人公が明確にプレイヤーの別人であって、恋愛が描写されても"自分自身の体験"とはちょっと違うゲーム(歴代FF、特に7以降)」とか
「主人公の選択と結末を自分でコントロールできるゲーム(テーブルトークや自由度が特色のRPG)」とか
それぞれに別の味わいがあってみんな違ってみんないい訳ですけど。

 アドゥリンミッションで味わうものって、
「キャラクターが"自分自身"と距離が近い(ロールプレイしていたとしても「私自身」という感覚を持ちやすい)」
「基本的に周回前提ではない、一回性」
「ストーリーはしっかりと描き込まれていて、妄想に頼らない」
「結末を自分でコントロールすることはできない(仮にアシェラと相思相愛のPCだとしても、二人が結婚していつまでも一緒に暮らしました的エンディングはありえない)」
という要素が絡み合って成立しています。
 これは「ストーリー重視のMMORPG」という、実はものすごく特異な存在であるFF11だからこそ表現できるものなので、FF11の持つ特性を真正面にフルに活用した語りだよなぁ……と。

 三国ミッションから始まって色々なチャレンジを積み重ねていったFF11のミッションの中でも、語りの見事さが際立つ、完成度の高いミッションがアドゥリンだと思います。
(集大成である星唄はまたちょっと別格)
「ハデスについてもうちょい掘り下げてもよかったのよ!」くらいしか不満が思いつかない(笑)。ほんとにいいミッションでした。
posted by さとみん at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ミッション
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